終活あれこれ

エンディングノートの書き方


「エンディングノート」。ここ数年、よく目にすることも増えてきました。本屋などに行くと、色々な種類のものもあったりして、気に入ったものを購入できるようにもなってきました。

私も数年前、実際にエンディングノートを本屋で購入したことがありますが、実際に書くということはしませんでした。と言うよりは、書けませんでした。
なぜかというと、書いてみようと思うと、意外と筆が進まなかったり、何をどのように書けば良いのか、適当に書くのも気が引けるなという気持ちがあったからですが、自分が書けないものを、例えば自分の親や家族に書いて欲しいから勧めようとしても、それは説得力を持たないものとなります。

自分が感じた書けない理由は、自分以外の人も同じように感じるでしょうし、また、自分の親や家族のうちのだれかに、良かれと思って勧めても、逆に「私に早く亡くなれということなのか」という気持ちにさせてしまうかもしれません。実際にそのようなケースにあったこともありますが、せっかくのエンディングノートについて考える機会も、それでは台無しになってしまいます。

では、エンディングノートとはいったいどんなものなのでしょうか。
個人的には「今を、これからをより大切に生きていくためのもの」ということをいつも思います。

私たちというのは、ひとりひとりがそれぞれの人生を、日々送らせていただいております。それは「日常」という言葉で片付けられることが多いのかも知れませんが、その日常は当たり前なものではなく、いつどうなってもおかしくないものでもあるのです。「わたしのいのち」ということを考えたとき、わたしのいのちがいつまで続くのか、どのように過ぎていくのか、これからを想像することはできても、確約することは、自分でも他の誰でも、それは出来ないものなのです。

そう考えていくと、年齢や人に関係なく、自分に何かあったときの準備として、エンディングノートをとりあえず書いてみるということは、そんなに悪いことではないように思います。実際に私も、そのように考えたとき、やっと書くことができました。

エンディングノートの良いところは、自分の好きなときに好きなように書くことができるというところです。もちろん、自分の財産は何があってとか、スマホやパソコン、ネットバンキングのパスワードなどを書く場合はちゃんとした情報を記す方が良いのは当然なのですが、これも、もし変わったら、気軽に書き換えることだってして良いのです。書きにくいところは飛ばしてもいいんです。

わたしのオススメは、親や子供などがいらっしゃる場合は、もし自分に何かがあったときに関係するような近しい人たちで集まり、思い出を振り返りながら、書き上げていくという方法です。ひとりで書き上げていくことも悪いわけではないですが、みんなで「あのときこんなとこに行ったね」「こんなことあって大変だったね」「あの時食べたアレ、もう一回食べたいね」とかワイワイしながら書き上げていくのは、家族で話が盛り上がるだけでなく、自分自身の気持ちを、大切な家族に知ってもらえる機会ともなるわけです。
例えば家族写真のアルバムや、スマホに入ってる写真などをみながら、話をしていくのもひとつの方法かと思います。
その人の人生を振り返りながら、これからどうしていきたい、何をしていきたいという気持ちを確認し、これからを精一杯大切に過ごしていくことに向かっていくわけです。
家族で楽しく、そして自分のこれからを考える有意義な道具がエンディングノートなのです。もちろん、自分に何かあったときのために、葬儀はどうしたいとか、だれに連絡してほしい、財産はこのように引き継いでほしいなどの有用性はもちろん、パソコンやスマホ、SNSのパスワードなどの「デジタル遺品」に対しても効果を持つものです。
元気なうちに、今だからこそできることを考えていきませんか?
家族にやっぱり見られたくない、様々な事情で話しながら書ける人がいない、おひとりさまでなかなか相談もできないという方も多いかと思います。
そんなときは、いつでも当事務所にご連絡ください。お話聴かせていただきながら、一緒に書き上げていくお手伝いを微力ながらさせていただきます!