ひとりごと

最近、少し考えること


私たちは現在、新型コロナウイルスに関する影響を受けながら、多くのことに制限をかけながら、日々を送っております。ひとりひとりの生活の形は違えど、このことは誰もが努めていることだと思います。しかし、どれだけ気を付けてても、感染してしまい、症状に苦しむ方、症状は治まったけど、後遺症に苦しむ方、本当に悔しいことですが、亡くなられてしまった方など、多くの人が苦しく、つらい思いをされているのが現状だと思います。一体いつこの状況は落ち着くのか、考えれば考えるほど、答えの出ない迷路に迷い込んだような気持ちになります。不安で仕方ない気持ちになります。

このような気持ちが強くなったとき、どこかにその気持ちをぶつけたくなるということはないでしょうか。そこまで考えていなくても、知らず知らずのうちに、人や物にぶつけてしまっていることはないでしょうか。「不安をどこかに(だれかに)ぶつける」ということが、今はどこに(だれに)向かっているでしょうか。

わからないことがまだまだ多い、このウイルスの問題ですが、私たちはわからないからこそ、自分たちで理解できず、目の前で不都合に映る物事があれば、それに怒りやイライラ、不安をぶつけてしまうということが多いように感じます。今は、それが、国からの働きかけだったり、自分以外の人の動きが対象になっているのかも知れません。しかし、そうすることで、一時はスッキリすることもあるのかも知れませんが、その不安が解消されることは、まずないのではないでしょうか。

他人の行動を非難して、責めることは簡単かもしれません。しかし、私たちが、いざ、同じ立場で、同じ状況に置かれたならば、同じことをするかも知れません。逆の立場になり得たことなのかも知れません。

医療・介護に従事されている方々、交通機関の関係者や食材・日用品を扱う店舗の方々など、生活から切り離せないことについて従事されている方々など、色々な立場の多くの人たちが、不安を抱きながら、努力されていることかと思います。私たちひとりひとりが、その形は違えど、それぞれ頑張っているのだと思います。その頑張りはそれぞれ形が違うから、なかなか、お互い見えないことかも知れないですが、確かにあるものなのだと思います。

自分だけでなく、ひとりひとりが頑張っているのかなということを、自身の中にほんのちょっとでも置いておけば、少しは気持ちが落ち着くのではないでしょうか。そのことでウイルスの問題が解決するわけではないですが、自身の心を少し、軽くすることができるんじゃないのかなと、そのように考えることが多くなりました。